辿り着いたルーツ

roots

昨年、勉強嫌いなやんちゃ娘達を見るに見かねて「もしパパの提示した宿題や習い事のノルマをクリアする事ができたら、ご褒美にニンテンドースイッチのソフトを買ってあげようじゃないか」と約束をした。餌で釣るようで心苦しいが、果たして効果はいかほどにあるのか検証してみた。

そしたら本気ですわ本気。そんな能力どこにあったのアンタ達って。そんなにか、そんなに欲しいのかスイッチのソフトが。チビッコ達の第二形態、ジーニアスモード開放。ゲームへの欲望の底力。そしてチビッコ達は見事ノルマをクリアして、念願のスイッチ版「マインクラフト」を勝ち取った。とりあえず、その力いつも出せ。

マインクラフト、略してマイクラは、名前を聞いた事はあったが、それがどんな内容のゲームかは全然知らなかった。簡単に説明すると、どうやら土やら石やら素材を集め、それを使って自分だけの世界を作っていくゲームらしい。なるほど、それでマイン、クラフトなのか。

どれどれ大人にも貸してみなさいと、チビッコ達が寝静まってからコッソリやってみたらアナタ、え?ハマるハマる、これ、めちゃめちゃハマるがな。夢中になって気がついたら夜中の三時ですよ。やべえと思いつつも創作意欲が俺を掻き立てるわけですよ。この世界では俺が創造主なんですよ、神なんですよ。

マイクラりっぴー
マイクラりっぴー

次の日もその次の日も、夜中にコッソリやっては毎晩三時コース。挙げ句りっぴーまで作っちゃって、極度の寝不足ですよ死んじまいますよ。いい大人がマイクラにハマって沼ですよ、アホですよ。

しかしさすがにやらかした。ホント体は正直だわ、眠気がハンパない。溶接しながら寝てる。気が付いたら左手の軍手が燃えてる。ブロック積んでる場合じゃない、このままだと人生詰む。そう思って今は大人しく自粛している次第でございます。

人はどうして頭ではダメだと分かっているのにやらかしてしまうのか。また、何故同じ過ちを繰り返してしまうのか。これは脳内のドーパミンとかアドレナリンとかそういうやつの仕業なのだきっと。

食欲、性欲、睡眠欲、マイクラ欲、欲欲欲。人間は欲望の為に生きていると言ってもいいだろう。例えば空腹時、レストランに入ってメニューを開けると美味しそうな料理が目に飛び込んで来る。あっという間に口の中はじゅるりと唾液で満たされ、手当たり次第にあれもこれもと注文してしまう。

でも結局は想像していたほど食べられない。もったいないからと貧乏根性で残りの食材を無理矢理ほおばる姿は罰ゲームさながらだ。そんな苦しい思いをした癖に、数日経てばまた同じ過ちを繰り返している自分がいる。自分の学習能力の無さを腹に蓄えられた脂肪がきっちりと証明している。

うちの奥さんの場合、欲望をグラフで表すと、およそ80%ぐらいをファッション欲が占めているだろう。とにかく服とか靴とかカバンとか、オシャレするのが大好き。何よりもファッション。三度の飯よりファッション。寝ても覚めてもファッションファッション。

特に奥さんが好きなのがカバンだ。家の収納は様々なバッグに占領されていて、常にキャパオーバー気味。ハイブランドのバッグばっかり買い漁ってるわけではなくて、とにかく色んなコーディネートがしたいからそれに合わせる色んなバッグがたくさん欲しい、ということらしい。 だからキャパオーバーだって。

彼女のバッグコレクションは、ルイヴィトンやグッチ、コーチと言った御馴染みのブランドから、サマンサタバサのようなガーリーな可愛い系のもの、L.L.Beanやニコアンドのようなカジュアル系の物、可愛いかったら千円くらいのノーブランドまで、とにかく幅が広い。

でもファッション欲がとても強い彼女も、無闇に浪費はしない。いつも家計を気にして冷静に物事を判断している。やはり主婦として、また母として己を戒め、その欲をうまく抑えながら堅実にやりくりしてくれている。節約生活の中でもオシャレ心は決して忘れずにファッションを楽しんでいるのだ。

どうしても欲しい物が見つかったら、まずは自分の中で一旦保留して価格調査から入る。店で買う方がいいのか?それともネットか?このデザインはどこかのブランドのパクリではないのか?自分の雰囲気に合ってるか?その前に本当に自分は今これを欲しているのかしら?などといつも自問自答しては答えを導き出しているらしい。

そんな冷静沈着な今の奥さんが形成されたのは、おそらくあの件が大きく寄与しているに違いない。それは今から遡ること十年以上前になるだろうか。結婚はもうしていたけれど、まだやんちゃ娘も生まれていなかった頃。当時奥さんが血眼になって探していたバッグがあった。

それがどんな形のものだったかはもう忘れてしまったが、特定のブランドというわけではなく、当時流行していた形があって、さすがに流行っているだけあって、いつも行くような店ではどこも売り切れていた。

休みの日には当然僕もそのバッグ探しによく付き合わされた。そんな日々の中、ある店の前を通りかかった時、ちょうどデザインが奥さんの探していた形でとても可愛いバッグがディスプレイに飾られているのを見つけた。その店は好きなモデルさんがCMしていたこともあって、ファッションブランドにあまり詳しくない僕でも知っていた。可愛いバッグで有名なあの「サマンサタバサ」だ。

店に置いてあるバッグは、そのどれもがオシャレでとても可愛いかったが、その中でも一際そのバッグは目を惹いた。少し値は張るけれど、探しまわることにもだいぶ疲れてきていたので、もうこれで手を打ったらどうかと僕が提案すると、

「それはあかんわ、もっと安くであると思う。とりあえず雰囲気良かったらいいねん雰囲気が。設定金額は五千円までやからよろしく!」

と彼女はその時も”私は主婦なんだから”と言わんばかりに僕からの譲歩案を断固拒否した。いや、めっちゃ可愛いし別にこれでええんとちゃいますのん……。と内心思ったけれども口には出さなかった。

そうなったら意地でも手に入れたくなるのが人間の性である。当時専業主婦だった彼女はその持て余した時間のほとんどをバッグ探しに費やしていた。探し回る労力、一息ついて飲むコーヒー、街中を店から店へと走る間のガソリン代、それらを金額に換算するとおそらくサマンサタバサのバッグくらい余裕で買えるのでは?とも思ったが、彼女の意思を尊重してそれはグッと呑み込んだ。

仕事中でも、写メが送られてきては「これどう思う?いいかな?可愛い?」とメールで意見を求められることもしばしば。そんなある日、またいつものように写メが送られてきて、見るとまさしく奥さんが探していた形のバッグだった。

「どう思う?だいぶ近くない?ついに見つかったかも!しかもこれ千円やねん!」

安っ。それはまたどえらい安い。安くてええもんが大好きな関西人からしたら生唾ごっくんだ。文面からも見てとれるように今回ばかりは千円という驚きの価格に奥さんもだいぶ興奮しているようだった。

これでついにバッグ探しの旅も無事終着駅に到着か。列車がホームへと滑り込んでいき「ご乗車ありがとうございました終点、終点です」と、そんな車掌のアナウンスさえ聞こえてくるような気持ちだった。しかしその矢先、ふとそのバッグの写真で、ある一点が僕の目を引き留めた。

なんだろう?よく見るとロゴのようなものが書いてある。気になるその部分をゆっくりとズームアップして文字を拡大してみる。するとそこにはこう書いてあった。

   

「Samantha Roots」

   

サマンサルーツ。サマンサの、ルーツ。……え?ちょ、え?……あ、ああ!そっかそっか、ついに?ついにサマンサのルーツを探し当てたわよアナタ!的な?運命のバッグを探し求めて果てなき旅路へと出発してから数週間、雨にも負けず風にも負けず、幾多の困難を乗り越えて、旅はやがてこの終着駅に、巡り巡ってここだったのね、サマンサ、アナタここに居たのねって馬鹿っ!

値札を見たら某ファッションセンターし○む○と書いてある。いや、し○む○は悪くない。そう、誰も悪くない。お値段もそこそこで庶民の味方だし、意外に良いものあったりするし、あながちアリかも知れないと奥さんも思ったのだろう。

……うん、でもね、さすがにサマンサタバサのルーツはそこじゃない。どした?奥さんどした?そう、これはね、出ちゃってる。もうドーパミンとかアドレナリンとか色んなものいっぱい出ちゃってるんだ。つまりこういうことだ。

探してた形+価格が千円→相乗効果で何かいい感じに見えてくる→視界からロストサマンサルーツ

もはや脳内麻薬的なやつで、つゆだく状態な脳ミソでは正常な判断ができないのね。たぶん見えてないそこのルーツあたりが。あぶないあぶない。これは手遅れになる前に早く知らせてやらねば。

すぐさま奥さんに問題の部分を拡大した写メを送って、数十秒待ってから電話した。電話口に出たとたん、もう爆笑してた。たぶん転げてる。もう声にならないほど自分のイージーミスにウケてる。さすがの奥さんも、値段に目が眩んでそこの部分にまったく気付かなかったらしく、危うくサマンサルーツを肩に引っ提げて帰ってくるところだった。

後日、ついにバッグ探しの旅は他県にまで足を伸ばすことになり、そこでようやく奥さんは目標を達成する事が出来たわけだが、後で振り返ってみたらあのバッグに何故あそこまで拘っていたのか、今となっては奥さん自身もわからないらしい。とにかくあの時は異常だったと自分でも認めている。

寝不足で左手を燃やしながらも毎夜マイクラを深夜の三時までプレイしたり、バッグ探しに夢中になるあまりにルーツを見失ったりと、人間は常にやらかしてしまう生き物だ。そうやって失敗を重ねながら人は成長していくのだ。だからあの体験が今の冷静で堅実な奥さんのルーツになったことは間違いない。

あれからというもの、そういった目先の欲望に負けて自身を抑制する事ができず、正常な判断がつかない状態の事を、我が家では「サマンサルーツ状態」と呼んでいる。

「お!これ安いな、しかも残り1個やって!前からこういうの欲しかったし買おうかな?」

「でもなんかこのあたりが変じゃない?」

「いや、うん、でも残り1個やで?まあ別に俺はそこまで気にならへんけどな」

「ちょっと待って!アンタ今”サマンサルーツ状態”入ってるで」

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